解脱とは中論によると、
26章観十二因縁品

7 取があるとき取の主体に対して生存が生ずる。何となれば、もしも無取であるならば、ひとは解脱し、生存は存在しないからである。

で表示されている。
これはつまり、
「無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死」の左から9番・右から4番目の取=執着の超克・解消の事を指している。

取が滅せられないと有(存在に対する観念)が生じ、有に縁りて生(五蘊への実在性)が生じ、
生に縁りて老死苦憂悩(様々な苦悩)が生ずる。
なので、解脱したいなら、悩んでようが五蘊に拘ってようが、とにかく執着を解消すればあとは楽になる
取の原因はその前の愛(盲目的衝動)である。
愛とはその前の受と触とを掴むことに起因する、聞いたら聞いただけと出来ず聞き込み出すまでが愛となる。
聞き込み出して吟味を始めだすとそれが取である。

触を滅するには六入(感覚の六つの入り口・六根)を、機能してるだけであるとやり過ごせればいい。
これが出来れば名称と形態(名色)も、観えるだけとなり、識もそう識れただけとなり、行為(行)は止まって
「ああ、これらは全部妄想であり苦だったな」と至り無明(真理に迷う無知の根源)は滅尽出来る。