鬼和尚さま前スレのコメント返しお願いします。

892神も仏も名無しさん2017/06/05(月) 01:43:33.17ID:euA+Ofwp>>905>>906

最初の法華経如来寿量品「久遠実成」の真偽に付いての質問に、
悟ったと称する鬼和尚が執るべき行為・返答の正しきは「わからない」と応えるべきだったんです。
悟った人でも、それまでに生きて来た境遇や知識などに起因して、即座に理解出来ない事だって有り得ます。
法華経は、一部全体を通して方便で作られた経典なので、得手不得手があります。
平たく言うならば、行間が読めない人には非常に難解、もしくは御伽噺にしか読めないのです。
なので、難しくて分からなかった・御伽噺にしか読めなかった、と言う場合
真意を読めなかったと言う意味で「わからない」と応えられないなら、それは己の立場を案じた虚飾を語る事になる訳です。
「悟ったと称してるのに分からないの?」と、この言葉を恐れての行為、
それが今回の鬼和尚の態度に出た訳です。

久遠実成の否定は、根本中頌の「不生不滅不常不断不一不異不去不来」の否定となります。
如来寿量品では、世尊の般涅槃は方便だ、と書かれています。
所謂釈尊がお亡くなりになって、実にこの世界で果たして不一不異なる縁起は終わったのでしょうか。
これが鬼和尚の悟りは詐称である根本となるでしょう。
何故なら、それに気づかなかったからです。
滅不滅なる不死の法が分からないなら、それは生悟りと言う事です。