【上級者向け『君主論』】
君主たらんとする者は種々の良き性質をすべて持ち合わせる必要はない。しかし、持ち合わせていると、人々に思わせることは必要である。
いや、はっきり言うと、実際に持ち合わせていては有害なので、持ち合わせていると思わせるほうが有益なのである。
思いやりに満ちており、信義を重んじ、人間性にあふれ、公明正大で信心も厚いと、思わせることのほうが重要なのだ。
それでいて、もしもこのような徳を捨て去らねばならないような場合には、まったく反対のこともできるような能力を備えていなければならない。
君主たる者、新たに君主になった者はことさらだが、国を守りきるためには、徳をまっとうできるなどまれだということを、頭に叩き込んでおく必要がある。
国を守るためには、信義にはずれる行為でもやらねばならない場合もあるし、慈悲の心も捨てねばならないときもある。人間性をわきに寄せ、信心深さも忘れる必要に迫られる場合が多いものだ。
だからこそ、君主には、運命の風向きと事態の変化に応じて、それに適した対応の仕方が求められるのである。また、できれば良き徳からはずれないようにしながらも、必要とあれば、悪徳をも行うことを避けてはならないのである。
君主の最も心すべきことは、良き状態での国家維持である。それに成功しさえすれば、彼のとった手段は誰からも立派なものと考えられ、賞賛されることになるであろう。