リトビィアさんのレスから、

ワード.オブ.フェイス運動全体が、信仰は力で、もし私たちが十分な信仰を持って祈れば、神は私たちに健康、富、幸福を保障して下さり、すべての問題やすべての状況から救い出してくださるという偽りの教理に基づいています。

この考えだと、神は聖で、主権があり、完全で義なる創造主であると聖書が現している神の代わりに、単に私たちがほしい物を手に入れる道だということになります。

このワード.オブ.フェイス運動の偽りを教える人たちは、高尚な人間観があり、私たちには自分の欲しい物を嘆願する権利があると思い、神は自分たちの願う通りに答えてくださると思っています。

これは、パウロの人生と苦しみと試練に耐える 態度に見る良い見本とは正反対です。2テモテ3:12で、パウロは書いています。

「確かに、キリストイエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな迫害を受けます。」

しかし、ワード.オブ.フェイスは、もし私たちが苦しんだり、病気になったり、罪と戦うなら、それは十分な信仰がないからだ、又は当然私たちの物であるものをキリストの血に嘆願して、要求してないからと教えます。

しかし、パウロが、試練や迫害に会った時、キリストの血に嘆願して、“当然パウロの受けるべき”ものを主張している所を私たちは見ることはありません。

その代わりに、どんな状況にあってもキリストに置くパウロの揺るがない信仰を見るのです。

「私は自分の信じてきた型をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。」(2テモテ1:12)

https://www.gotquestions.org/Japanese/Japanese-pleading-the-blood.html

☆聖霊に満たされていれば、できます。
聖霊が力をくれるからです。