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ところが小空経では、無相心三昧という最終段階の瞑想の結果、
「あったのは、欲の煩悩によるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あったのは、生存の煩悩によるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あったのは、無明の煩悩によるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。」
と、欲と生存と無明の煩悩による不安を克服するのだが、同時に
「あるのは、この身体だけによって六処をもつものであって、
(それは)命あるものであることを縁とすることによっている、ただこの不安だけである。」
と身体があるので、身体に付随する不安はあるそうだ。
覚っても生きているかぎり、老いたり病気したりするということや
釈尊も最後は下痢ピーで死んだしな