維摩詰と文殊師利が実相であいさつしています。

維摩詰が言います、
『よく来たな。文殊師利。
お前が、来ずに来たので、
私も会わずに会うことにしょう。』と。

*勿論、実相という観点からすれば、来る者、去る者、見る者、見られる者の全てが空であり、個別の実体は無く、ただ真如の一相のみが存在する。

文殊師利が言います、
『その通りです。居士
ここには以前から居りましたようなもので、、更に来たのではありません。
去る時についても、ここには居ないようなものですから、更に去ることもありません。
何のことかと申しますと、来ることについては、何処から来たのか、来る所がありません。
去ることについも、何処へ去るか、去る所がありません。
会おうとする者にも、更に会うことはできないのです。
さてこの事はこれぐらいにして置きましょう。

*真如の実相は、常に偏在する。何時でも、何所にでも存在する。