私はしたくてすることが好きで
しなくてはいけなくなるような
やり方が嫌いだ
できるだけしなくてはいけなくなる
ようなことは減らしてる

禅寺に行って住んでいたのも
その頃座るのが好きだったからで
禅寺で座ることはとても良かった
日課として身に着けてしまえば
どこででもできるなと思って
禅寺でてからも仕事帰りとか
橋の下とか海岸とかあちこちで
座っていた

それだけのために外歩いて座って
生きるのをしてみたいなと
思ったのでして見たら
とても良かった
自分なりにそのためだけに
それをするやり方を
身体を使って身近な現実に現すことで
私にわかりやすい形で
現実が色々と答えてくれることを知った

幾らか慣れてくるとつまらなくなり
したいこととしてするのが基本なので
つまらなくなると簡単にやめてしまう

話し相手が欲しいなと初めて思った気がする
ネットを知って宗教のるつぼという
掲示板郡を見つけよく書き込んで話した
その頃知り合うことになったのが
今親しくしている人だ
もう25年以上なるなあ

私は知ることに
あまり興味がないのだ

惹かれたものと
親しく関わり合うことを
味わうことがとても好きだ
その上で知ることもあるが
知ったことはとくに気にしないし
忘れてしまう
なんだか味わうことで
満足することがある
十分食べることで満足して眠くなるのと似てる