弟子達はイエスのカリスマ性の好きな面だけを想像し期待を膨らませたに過ぎませんでしたの

マルコの福音書では イエスが弟子達を正そうと注意してる場面はたくさんありましゅ、弟子達とイエスの理解のギャップが
マルコの福音書の全体の構成でもありましゅ、


ぺテロ達もたくさんのイエスの奇跡を見るとイエスがメシアだと確信しました。
しかしそのメシア理解はまだメシアの表面上のことに過ぎません。


イエスが本当のメシアだとなるのはやはり

十字架の苦難と復活で初めて本当の意味でメシアなのでしゅ。

此れがつまりマルコの福音書の十字架神学なのでしゅ。


福音書の受難と復活から理解しようとすると
キリスト論になりましゅ


しかしその逆も可能なのでしゅ。






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