>>405
なるほど。
私は、ちょっと変わった解釈をしていました。
多分、884の部分だけを何度も読んだからでしょう。

「真理」を「不知の知」と言い換えます。
つまり、釈尊でも「わからないこと」があるということ。
釈尊でもそうなのだから、外道も「わからないこと」がある。

「不知」を自認している人は、
自分の考えが間違っている可能性もあると自覚しているので、
「自分が正しい」と主張して争うことはしない。

後段の「かれら」を、「不知を自認している人たち」と、してみます。

「不知を自認している人たち」は、めいめいの「不知の知」を
ほめたたえている。

誰もが「わからないこと」があるのだから、
それぞれに見解が異なるのは、当然である。

・・・と解釈していましたが、今日、878から読んで、
真言宗氏の解釈が正しいと気づきました。