生活識はちょっと違ったわ、生活作用だ

『 そのときブッダ世尊は初めてさとりを開いて・・・
 
 ・・・時に世尊はその夜の初更において、縁起の理法を順逆の順に従ってよく
 考えられた。

 すなわち、ーー無明によって【生活作用】があり、【生活作用】によって名称と
 形態とがあり、名称と形態によって【識別作用】があり、【識別作用】によって
 六つの感覚機能があり、六つの感覚機能によって対象とのせ接触があり、
 対象との接触によって・・・

 ・・・しかし、貪欲を無くすることによって、残りなく【無明を止滅】すれば
 【生活作用も止滅する】、生活作用が止滅するならば、【識別作用も止滅】する
 識別作用が止滅するならば、名称と形態が止滅する・・・

 ・・・このようにして、この苦しみのわだかまりが【全て止滅する】と。
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つまり、無明の止滅(煩悩からの解脱)によって、生活作用が止滅、それによって識別作用(認識作用)が止滅し、全ての苦しみが止滅(苦からの解脱)する
則ち、有余依涅槃に至る

生活作用と識別作用が、頭の中で一緒になって、【生活+識(別)】の止滅になってたんだな

これは、中村元編 『原始仏典』のP20、『菩提樹のもとでさとりを開く』の冒頭にあります、