続き

7、6では、普通の空間の広がりだった風景外界が、上方にも広がりながら拡大して行くようになり、小さな丸だった心(意識)が、拡大された広大な空間になったように感じ、禅定に入ると心は、何時も外への広がりとなる

8、禅定で、何時も心(純粋意識のみが明るく輝く)しか残らないのが暫く(1〜3年)続くが、この【心】が突如として消えることが起こる

それまでの覚醒が一瞬にして、蝋燭の炎が吹き消されたように、【認識】が完全にブラックアウトする事が起こる、数秒から数分間の意識が消える、が、その間の行動は有るので、気絶するのとは全く異なる、歩いている時にも消えたりする、ラーマナマハリシの17歳からの3年間のサマディー期間にも、同様な事が起こっている

9、此処からは、人のカルマによって様々で、数年〜数十年掛けて次の段階へ行く
、坐禅をしても、全く心が外へ広がらず、内心に収斂するようになり、8では突如消えていた心が、今度は最初は意識されながら、徐々に意識そのものが消えて行く様になる

この段階が、外の相と、受が滅っし、次いで内の認識作用が滅した状態である、いわゆる【想(相)受滅定】である

この先はまだ分からない
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6、が、【見ている風景=自己はどうだ?】ではないだろうか?