>「私」というものが、どうしても残るわけです。「私」というものを一度忘れ去らないと、
> 教えそのものにならないわけです。どうしても「私」というものの存在があるということですから。

ここね。

この方は勿論百も承知で分かってて言ってるとは思うけど、そう言われると「分かってる私」を「忘れ去る私」を設けてしまうし、「教えそのものである私」を設けてしまうんです。

ここら辺は、ヤージュニャヴァルキヤが「非ず、非ず…」って言ってた「非ず」を対象化してしまったのと同じですね。

血で血は洗い流せないって事なんですけどね。