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修道スレ136より

0185 gaude (ワッチョイ 07e0-0N72 [240f:c7:3f23:1:*]) 2026/05/31(日) 02:32:24.81

尾崎は、
『僕は街にのまれて』、少し心許しながら、
この冷たい街の風に歌い続けてる。
『"僕が僕であるため"に勝ち続けなればならない』。
んだと歌った。
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『"因習村"の"村人Aさん"』の様な
『村の因習のもの"に流され続けて"』いる
『"何も疑わず考えず"に世間話に勤しむ畜群Aさん』

『多数主義』や『ポピュリズム』に於ける
『アヘン宗教のアヘンに酔い痴れたジャンキーAさん』
と言ったところ。


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『カール・マルクス:宗教はアヘンである』より

宗教は抑圧されし生き物のため息であり、
心無き世界での心であり、魂無き状況での魂である。宗教は大衆の「アヘン」である。
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『アナーキ(反骨精神)』とは何だろうね。

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『カール・マルクス:宗教はアヘンである』より

宗教に対する批判の基礎は、「宗教は人間によって作られた物」であり宗教が人間を作ったのでは無い、である。

宗教を「幻想の」人々の幸福であるとして廃止する事は彼らに「真の」幸福を求める事である。

彼らに彼らの状況についての幻想を諦める様に求める事は「幻想が必要な状況を諦める・無くす」事を求める事と同じである。

故に宗教への批判は宗教が「救い (halo)」である「苦しみに満ちた現世への批判の萌芽(シャロンのバラのトゲによるもの)である」。
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『アナーキ(反骨精神)』とは
『"潜在的"な神への信仰の"目覚め"』に於ける
『内なるシャロンのバラ(隠れたユダヤ人)によるもの』
であり

それは『信仰と宗教』に於いて
『"宗教の下の作られた信仰では無い"として"批判"』し
『"目覚めた信仰の下の宗教"に"導く"もの』なのである。

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