探検


「東洋からの風の便り」ブログ執筆者、Dr.横田真紀。その30

1神も仏も名無しさん
垢版 |
2026/08/17(月) 22:43:53.05ID:NXpZSIaj
おもろいんで、立ててみますた、逝けるかなぅ?

「東洋からの風の便り」ブログ執筆者、Dr.横田真紀。その30

 自称ヴィオロン(ビオラ)。横田真紀ブログ https://kazehaominomama.tou3.com
 キリスト教、時事問題などについて妄想的、意味不明な批評の数々。
 文系女性博士、横田真紀について。発達障害と精神疾患(妄想性障害)を併発している模様。 メール: [email protected]
 家族で三ノ宮にて阪神大震災に被災。鳴尾福音キリスト教会(兵庫県)、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団・京都七條教会、吉祥寺キリスト集会(ベック師夫妻)、KFC(横浜、Dr.Luke主宰)、天声教会などを渡り歩く。出入りした全ての場で深刻な悶着を起こし、今は全ての教会や牧師を激しく批判。これらからの離脱、脱出=エクソダスを主張。
 旧・大阪外語大卒。博士課程で言語文化学博士。ロシア文学専攻。博士論文:「アレクセイ・トルストイにおけるダブル・セルフの問題」。
 Dr.ルークを慕って関東に引っ越ししてきた。関西→横浜市神奈川区→栄区。
 現住所(削除依頼や苦情、訴状の送付はこちらまで): 横浜市栄区飯島町314-3 ダイアパレス・ワンダースケープ424  メール:[email protected]
 すでに四十路、職業不詳。職業は二桁転職歴。スキマバイト多数。
 居住するダイアパレスの自宅マンション(ローン支払い中)はゴミ屋敷状態。室内で鳥類を多数飼育し鳥の巣窟。
 マンションローン頭金として親からの生前贈与を含め、仕送り支援あり。
 かつて世話になった村上密・牧師を自ら民事提訴するも完全敗訴。仮処分や控訴取り下げ。だが、血迷って横田は最高裁まで上告。逆に手厳しく自分自身の違法行為を事実認定さる。村上師による訴訟は敗訴、55万の賠償命令を食らう。控訴した模様。 

まだまだイケる!

その29 https://rio2016.5ch.io/test/read.cgi/psy/1782744506/
その28 https://rio2016.5ch.io/test/read.cgi/psy/1781570524/
その27 https://rio2016.5ch.io/test/read.cgi/psy/1779325871/
2026/08/18(火) 20:39:01.83ID:xEugx8fF
私は小学校をドロップアウトしようとしていたときがあって、無理矢理親に卒業させられたものの学校は嫌いだった。

その時、もし私の意思を貫くことができていたら、どうなっていたろうか。
 
何か独創的な分野を選んで敷かれたレールではない道を自力で歩んでいたのかも。

父がアメリカに出張するとき、連れていってくれとせがんだりしていたのも覚えている。

もしあのとき、自分の意思を通すことができていたら、今頃、どうなっていたろうか。

たらればを考えても仕方がないが、全部親に禁止された。

その親も本気で心を開いて将来を話し合うことができた人たちだったら、どうなっていたろうか。

きょうだいも気さくに心通わせられて相談ができていたら。

時おり、そういう人たちに出会うことがあって、

ふっと、「もしこんな人が母だったら…妹だったら…」

と、突如、心の中に家庭の情景が浮かぶのだ。

あ、この人が妹なら、この人は決して私を転ばぬ先の杖にしないで、

多分、尊敬をもって色々相談し合えたんじゃないか、とか、

この人が母だったら、私の選んだ世界を分からないながらも、話し合い、応援してくれていたのではないか、とか、色々。

きっと私がどこぞへ夜行バスで出発したりしたら、姿が見えなくなるまでバス停で手を振ってくれていたろうね、とか。

あれだけ何をするにも、何を分かってもらうにも、終わりの無い論争やバトルをする必要もなく、以心伝心で分かり合えることがあったに違いない。

そして、頑張って、いつも応援しているからと気さくに言い合えたに違いない。

それがいつもいつも意地悪く失敗するのをうかがって、ここぞとばかりに欠点をほじくり返し、自分だけはそんな生き方はしないといって勝ち誇るような

そういう風にしか扱われてこなかったことに、

言い知れない苦悩がある。

そんな人間関係ならないほうがましということもあるのだ。
2026/08/18(火) 20:41:07.12ID:xEugx8fF
犬だって、ご飯の順番を間違えられたら怒るし、馬鹿にされたくないプライドもある。

犬なら微笑ましいことが、なぜ人間には認められないのか。

他人がマウントを取って勝ち誇るための材料としてのみ、存在していたいと思う人があるはずない。

しかし、アッセンブリー教団に汚染された人間関係は、そういうものでしかなかったのだ。

私はそういう意地悪さのない人に接触すると、

「お姉さん」と言われて年下のきょうだいから慕われるとはきっとこういうことなのだろうと思ってほろりとなることがある。

人を軽蔑したり失敗を喜んだり競争心を抱いたりマウントを取ったり徒党を組んで排除しない、普通の関係。

普通の信頼、庇い合い。助け合い。分かち合い。

もしそれが手の届くところにあったなら…

就職氷河期問題もこれに尽きるかと。

年上の私たちが親世代に尊重されずに、さんざん苦しめられて「堕ちていく」様を、好奇心と、自分はそうなりたくないという自己保身の思いで、覚めた冷徹な目で観察しているだけの年少世代なんて、

こちらから見ると、一番いてほしくない目撃者なんだ。

まるで突然家に強盗に押し入られてレイプでもされているのを助けもしないでまじまじと目の前で見つめられているようで。

たとえ弱いから何もできなかったとしても、せめてそこにいてほしくなかった。

目を覆い、顔を背け、地面に突っ伏して、我々の尊厳が壊されていくのを見ないでほしかった。

私たちの尊厳が剥ぎ取られて堕ちていくのを、まるで他人事みたいに観察しないでほしかった。

せめて一緒に叫んで、暴れ、叶わなくとも、共に全力で抵抗することができていたら。

そして抱き合って涙を流し、踏みにじられた尊厳に、共に憤怒することができていたら。

でもこのもの言わぬ分厚い決定的な壁は何だろう。
2026/08/18(火) 20:41:18.54ID:xEugx8fF
親と取っ組みあって絶望的なバトルを繰り広げ玉砕していたのはいつも自分だけだった。

誰もそれを助けようともしなかったし、その苦しみを理解する者もなかった。

これほど悲惨なことが起きているのに、そこでは毎日何一つ異常なことはないという風に、当たり前のような日常が、淡々と過ぎていっただけ。

不調を訴えた人も理不尽も訴えた人も改革を叫んだ人も誰もいない。

みんなまるで何事もないように満足して暮らしているように見えた。誰かを生け贄に差し出して。

そのような体験があると、信頼関係にヒビが入り、以後、もはや何かあっても苦しみや悩みを分かち合ったり、共に手を取り合って喜ぶということができなくなる。

この人たちには、一番なくてはならない人の温かい心がない、

それが脳内のどこかにサイレンのように響いている。
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