タイムマシンなどなくとも、自分の状態が自分自身に影響を与えてしまうような問題は存在する。
その場合、自分は勝手な状態をとることができず、自己無撞着な解に縛られる。逆にそれを利用して
(近似)解を求めたりする

タイムマシンで自分自身に影響を及ぼす場合も似たような話かもしれない。
過去に行く場合も勝手な行動はとれず、自己無撞着な行動しかとれない可能性はある。
ある意味、自由意思の否定になる。まぁ現状でも別スレで議論になっているように
自由意思はあるのかないのか正直解明されてないので、タイムマシンのある世界で
自由意思が否定ないそ制限されるとしてもそれほど驚きではない


過去に向かうタイムマシンは存在しないという主張には、暗黙のうちに自由意思が存在し、
過去に行っても自由に行動できるという、因果律以上に必ずしも自明ではない仮定が含まれている。
その仮定の下では、確かに親を殺したら、さらに言えば過去の自分を殺したら、
という深刻な問題に直面するが、自由意思がない、あるいは制限を受けるのであれば問題はない


それと関係あるかないかわからないけど、過去に向かう手段が知られていない現状では
因果律は非常に固いルールのように見えるけれども、過去に向かう手段がある世界では、
過去に向かっても矛盾を起こさず、かつ時間順序が保たれる条件では我々の知る因果律に
帰着するような、より広い法則に支配されるということも考えられる。

過去に向かう手段が知られていない世界で得られた経験則でしかない因果律だけを
金科玉条のように振り回すのは危険だと思う