>>672
>それって「光速一定」という言葉に「すべての慣性系でcが同じ値になる」という意味が含まれてるって言いたいの?

違う。

まず、君がいうように、音が空気によって伝播するとしたら、音速は空気に対して一定になる、
その時、空気に対して相対速度を持つ系から音速を測定したら、音速は方向によって異なる。
そこで、その方向による音速の差から自分が空気に対しすてどんな速度で運動しているかがわかる。

同様に、光がエーテルによって伝播するなら、光はエーテルに対して速度一定になるはず。
君が言っているのはこれだろ?
ということは、エーテルに対して自分が運動していれば、自分が測定する光速はエーテルに対する相対速度によって異なるはずだ。
それを測定して地球のエーテルに対する運動を観測しようというのがMM実験。

ところが結果は光速の変化は検出できなかった。
つまり光はエーテルを伝播するというのでは説明できないということ。

ここで、前から僕が

「なぜアインシュタインは、光速は光源の運動によらないと書いたのか?」

ということが出てくる。
結局君はこれに答えなかったね。

光速がエーテルによらないのであれば、粒子のように振る舞うのかもという問題があった。
MM実験では、実験装置から発した光で試験した。
もしも光がボールのように慣性の法則に従うなら、光速の変化が測定できなくてもと唖然だからだ。
しかしアインシュタインはこれを退けた。

光速はボールのように光源の運動によって変化する、ということはない、
また、波動のように媒質との相対速度によって変化する、ということもない。

誰がどんな光を測定しても必ず光速一定になるということを言っているのだよ。

そして、そのさいとでは、

「だからと言って、光速一定の原理では、僕が光速を測定したらあらゆる方向に対して一定だったとして、
さらに君が光速を測定したらあらゆる方向に対して一定だったとしても、その両方の速度が同じだとまでは言っていない。
しかし、それと相対性原理を組み合わせると、両者のの光速は一致するということがわかる」
というのがそのサイトで説明していること。