たとえば計算機科学ではテューリング機械の計算能力を分析する。
テューリング機械を分析すれば「計算」を分析することになる、というのがChrch-Turingの提唱であるが、この提唱の是非を議論するのは哲学の仕事。
計算機科学では淡々とテューリング機械の計算能力を数学的に分析する。
その際、自然数などの存在は無条件に認める。

同様に論理の形式的体系の証明生成能力を数学的に分析するのが数理論理学。
論理の形式的体系を分析すれば「論理」や「数学」を分析することになるのか?という疑問には、数理論理学は答えない。
そういう疑問のことを「基礎付け」と言い、それを議論するのは数学でなく哲学。
数理論理学は淡々と形式的体系の能力を分析するだけ。
その際、自然数などの存在は無条件に認める。