ラッセル・ヒルベルト流にしろ、ゲンツェン流にしろ、[PならばQ]を[Pでないか又はQ]と同値であると考えたのが、そもそもの誤り。


その昔、イマニュエル・カントは『純正理性批判』(第二版・序文)で
「論理学はどう見ても、アリストテレスの著作でもって完成している
ように見える」と書いたが、その見解が誤りであったことは、その後の
記号論理学の著しい発展を見れば明らかである。では、今日の記号論理学
は、一応なりとも、完成したと言えるのだろうか? 大多数の人々は、
ゲーデルのいわゆる“(述語論理の)完全性定理”を引き合いに出してして、
イエスと答えるであろう。しかし。これも又、カントの轍を踏んで、誤り
なのである。

諸君は、(P⊃Q)v(Q⊃P)などと言った「奇怪な“定理”」をもつ
「現行の論理学理論」を正しいものと信じて疑いないのか? www


論理学を、“命題論理”と“述語論理”とに分けるのがそもそもの間違いだ。

例えば、p⊃(PvQ)は恒真式(tautology)だと言うが、それは取りも
直さず、∀p,q{p⊃(PvQ)} ってことであって、“命題論理”の段階で、
全称概念を「密輸入」しているからだ。