>>724

斎藤毅著『集合と位相』

「標準的な可逆写像 f : S → T があるとき、 S の元 s と T の元 f(s) を同じものと考えて、 S と T を同じものであるかのように扱えると便利である。」

わざわざ、主観的な「標準的な」という言葉をつけるのはなぜでしょうか?
何かメリットはあるのでしょうか?
可逆写像 f : S → T があるとき、 S の元 s と T の元 f(s) を同じものと考えると書くのが面倒だから、「標準的な」をつけるのでしょうか?


>>725,729

読めない本だとは思っていません。