>>521

>>521
そうですね
今回の例とは、ちょっと違うと思いますが、下記リーマンの例が参考になるかも
しかし、ショルツェ氏の指摘は、大外しと思います

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3
ベルンハルト・リーマン

現在では、リーマンの数学的業績の多くがさまざまな分野に浸透しているが、19世紀には、複素解析の基礎づけもリーマン幾何学も正当な評価を得ていなかった。複素解析の分野では、カール・ワイエルシュトラスがリーマンの複素解析の基礎づけに使ったディリクレの原理にギャップがあることを指摘したため、多くの数学者が疑念を共有するようになった。その一方で、ワイエルシュトラスが主導していたベルリン学派の数学者たちはリーマンの複素解析と楕円関数の研究を検討するようになり、シュワルツは幾何学的方法によってリーマンのギャップを解消する交互処理法を導入し、フックスは特異点のまわりでの解の解析接続を研究するためにリーマンの方法を利用するようになった。また、クラインはリーマンの複素解析に関する論文を発表し、この分野での研究を促していった。1900年、ヒルベルトは(ワイエルシュトラスが批判した)ディリクレの原理の問題を解消し、その後、ヘルマン・ワイルがリーマン面を1次元複素多様体として厳密に定義し、さらにディリクレの原理を直交射影の原理として再定式化することで、リーマンの複素解析での業績は再評価されることになった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%86%99%E5%83%8F%E5%AE%9A%E7%90%86
リーマンの写像定理

歴史
この定理は、1851年のベルンハルト・リーマンの学位論文にて(U の境界が区分的に滑らかであると仮定して)記述された。ラース・アールフォルスはかつて、この定理の元々の定式化について「現代の方法を以てしても、いかなる証明の試みをも拒絶するような言葉で定式化されていた」と述べている。リーマンの誤った証明はディリクレの原理(命名はリーマンによる)に依存しており、この原理は当初正しいと考えられていたが、カール・ワイエルシュトラスが一般には成り立たないことを発見した。