>>78
>嘘じゃないなら命さえ担保に掛けられる、掛けられないならハッタリつまり嘘で言ってる事に成る

何を言っているのかな?w
いろんなジャーナルがあると思うが、普通査読者は一人か二人だよ(一人のことも多いと思う)
査読にOKを出すかどうかは、全ては査読者の裁量であり責任だよ
別に数学が特別ではない、物理や化学も同様だよね

今回のIUTに限れば
1.おそらくは、長大かつ重要論文だから、3人くらい、各人が査読グループを形成して、3グループが査読したと推察している
2.2017年の末には一旦査読が終わったが、2018年のSSの議論と文書を受けて、追加の査読を依頼して、2020年2月に査読が終わって、OKになった
3.裁判に例えれば、第1審の判断は下されたってことです
4.数学以外でもそうだが、査読は論文の完全な正しさを示すものではない
 論文に異議を唱えるのも自由ならば、論文を受けてその先を考えるのも、研究者の裁量だ。査読が怪しいので、スルーも自由
 ショルツェ氏は異議を唱えたようだが、それは彼に裁量の範囲で、彼の自由だ(勿論責任も伴うよ)
5.そもそも、今回はABCという超有名問題に関することで、かつ望月氏のホームページに公開したから、議論を呼んだだけのことで、通常では珍しい出来事で普遍化すべきことででもない
7.かつ、査読の可否に、”ショルツェ氏”という固有名詞をもって、査読の普遍化したルールとすべきでもない

以上