>>146
広中の自伝とは相当ずれていると思うがこの話のこと?↓

特異点解消問題について、1963年に日本数学会で講演した。
その内容は、一般的に考えるのでは問題があまりに難しいから、
様々な制限条件を付けた形でまずは研究しようという提案であった。
その時、岡潔が立ち上がり、問題を解くためには、
広中が提案したように制限をつけていくのではなく、
むしろ逆にもっと理想化した難しい問題を設定して、
それを解くべきであると言った。
その後、広中は制限を外して理想化する形で解き、フィールズ賞の受賞業績となる[4]。