「ぼくは自分のついた嘘、つまり、自分をあわれな戦災孤児に仕立て、妹思いの兄の如く描いた嘘が、一種の重荷として、はっきりのしかかって来た。本当のことを、やはり書かなければいけないと考え、満池谷へ、この原稿にとりかかる前、出かけたのだ。そして、やはり書けないのだ」(「アドリブ自叙伝」)