北朝は「選択公理を絶対の真理として受け入れよ」というつもりは毛頭ない
選択公理を受け入れておきながら、箱入り無数目の結論を拒否する
「認知的不協和」を持ち込むのはやめてほしいといってるまで
箱入り無数目の結論を拒否するなら、選択公理も拒否すればいい

一体何を恐れ何を拒んでいるのか?南朝の輩は