>アベルはカール・フリードリヒ・ガウスの文体について
>「彼は砂に残った足跡を尻尾で消すキツネのようだ」と
>有名な​​言葉を残している。ガウスは「自尊心のある建築家は、
>建物を完成させた後に足場をそのまま残したりしない」と答えた。

これをもってガウスが「わざと分かりにくく書いた。発見の秘密を隠蔽した」
と思っているなら誤解だろう。ガウスは出来うる限り明解に記述
しようとしているはずである。では逆に、計算や帰納の痕跡を
そのまま残したら分かりやすいかといえば、そんなことはない
だろうことは容易に想像がつく。

当時、ラグランジュを始めとして、フランス学派の数学者には
「べき根解法」の部分が大きく注目され、アーベルやガロアは
その原理を抽出・一般化することに努め成功したわけだが
ガウスD.A.の意図は十分には理解されてなかったのではないか?
ガウスは最初から、「数論への応用」に最大の関心を持って
努力していた。その意図は何十年、百年と経って
「ああ、そういうことだったのか」と理解される。
そういう点にこそ、ガウスの真骨頂がある。