>>79
ありがとうございます
これは、御大か
さすがの教養ですね

「ブルバキにおけるヴァレリーの影響」には、日本語検索ではたどり着けなかったが
”日本では、アルベルト・アインシュタインの相対性理論をいちはやく理解した詩人として知られるようになった”(下記)
は、恥ずかしながら初見でした

森本 淳生氏は、"ポワンカレの影響,非ユークリッド幾何や相対性理論に対する理解といったさまざまな視点から科学とヴァレリーの関係にせまった"とか
”集合,トポロジー,変換群,不変量といった数学概念”にも精通していたように書かれていますね

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%AA%E3%83%BC
ポール・ヴァレリー
アンブロワズ・ポール・トゥサン・ジュール・ヴァレリー(仏: Ambroise Paul Toussaint Jules Valéry, 1871年10月30日 - 1945年7月20日)は、フランスの詩人、小説家、評論家。多岐にわたる旺盛な著作活動によってフランス第三共和政を代表する知性と称される。
日本での受容
日本では、アルベルト・アインシュタインの相対性理論をいちはやく理解した詩人として知られるようになった。小林秀雄訳「テスト氏」が早くから読まれ、堀口大學『月下の一群』は、巻頭にヴァレリーの詩6編を訳出し『文学雑考』刊行時には、ヴァレリー宛に献本、書簡のやり取りをしている[5]。
戦前(昭和初期)より佐藤正彰・河盛好蔵・吉田健一らが訳し、創業間もない筑摩書房で「全集」刊行を開始したが、1度目は戦局の悪化で、2度目は戦後の出版事情で未完となった。
堀辰雄の中編小説『風立ちぬ』冒頭に、堀自身が訳したヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節「風立ちぬ、いざ生きめやも(Le vent se lève, il faut tenter de vivre.)」が引用されており、また小説の題名にも使われている。
著作
詩集
『海辺の墓地』Le Cimetière marin 1920年
小説その他
『カイエ』『文学』などのアフォリズム集

つづく