そもそも今回の論文の問題点が理解できる人間に査読が行ってないんやろ。問題なのは「通常の数学では議論を始めるにあたりその論文のモデル(望月先生のいう宇宙)を一つ固定して議論を始めるが、それを切り替えたり相したらどうなるか」というアイデアから思いついたらしい。まぁそういう変な手法を使うのは一向に構わんのだがだったらだったで標準の数学で行われてるような言語の設定や推論即の設定を自分でしないといけないのだけどそれが一切抜けてるという点。読んでる方からしたらどこの世界の言葉喋ってんのって状態。もちろん大問題。
じゃあなぜそんな大問題抱えた問題が通ってしまったかというと、そもそも現代数学においてはどういう言語で記述されてるのか、どういう推論即があるのか、それをどう組み合わせて証明と認められるものが構成されているのかという事をキチンとまとめたものを勉強した事ない数学者が多いからなんやろ。コレは門外漢の人にはピンときづらいかもしれんけど実はこういう勉強が足りてない数学者はまあまあいるんだよ。なぜかというと別にものすごい細かい事知らなくても数学の議論なんてそんな正確な取り決めなんてハッキリ知らなくても何本も論文なら教科書なり読んでれば読めるし書けるしの状態になるからそんな基礎論の勉強なんてしなくてもいいやんという気分になってしまう、まぁそれはそこまで非難されるような事じゃない。基礎論的知識に限らず自分が使う論文の証明全部フォローするのってかなり難しい。なのである程度はしゃあないと思う。
問題はそういう標準的な方法でないやり方で議論を進めるなら当然その非標準的な方法を取り決めるところから始めないといけないというあったりまえの事に著者本人は愚かprimsの編集委員、査読者誰一人として気付かなかった点。もうアホかと思う。要するにその辺の連中は全員が全員、現代数学がどのように理論づけされたものかという数学基礎の知識を全く持ち合わせて無かったという信じがたい事がひち起こした騒動なんやろ。