もうちょっというならこの前だれかが望月先生のブログかなんかの文章でそういう要求を実行しないことの理由を「数百ページにわたる論文を記号論理に焼き直すのは大変」みたいなことをいってるらしい。
しかしだれもそんなこと求めていない。たとえば数学には“超準解析”とかいうちょっとかわった実数をあつかう理論体系がある。εδを回避しやすくする解析学らしい。過去一冊だけ超準解析をつかったFeynman積分の教科書というのを見かけたことがある。
しかしべつに“非標準的”だから全部記号論理で記述してるわけじゃない。普通の口語でかかれた教科書。
でもだれも文句いわない。「この教科書は超準解析の用語、論理体系で話します。細かい内容は××で詳細が定義されてます」と但し書きが最初のほうにあるし、きちんと抽象化、記号化の話が述べられてるから。それさえ予めやってもらえれば、あとの文章が少々非標準的でも標準的な数学の教育をうけたものなら口語でかかれた文章でも必要があれば、記号化して内容を精査できる。
つまり現実にもとめられているのは「どんな言語で記述するのか、どんな推論をもちいるのか」の最初のせいぜい10ページもかからない程度の話。(通常の論理体系ならそんなにかからない)
IUT論理体系がどんなに大変なものかしらないが書き出すのに10年もかかるはずもない。そして「言語体系、推論測かきだせ」をかってに「論文全部記号論理で書き出すのは実質不可能」とわけのわからない言い換えをして実行しない言い訳にしてる。もちろん界隈の人は本人含めてなにを求められているのかもわかってるし、それをしない言い訳もわざと論点ずらしてるのも百も承知でやってる。もうそれしか言い逃れができないんだろうとしか評価できない。言い逃れして退官まで逃げ切るつもりなんだろうとしか思えない。