つづき

No.1
回答者: kabaokaba 2006/07/02
「存在が証明される」のと
「具体的に構成する」というのは
別のものです
後者ならば前者は成立しますが
逆は成立しません.

ぶっちゃけた話,物理なんかでも
「理論的に予言されたものを
みんなで必死に探す」なんてことはよくありますね
#逆のパターンも当然ありますが.
小柴先生のカミオカンデだって,
素粒子の質量の話だって,
古くは湯川先生の中間子だってそーいう流れでしょう.
相対論もそーいう流れのはず.

数学だと,正65537角形は作図可能ですけど
この作図の工程を具体的に示すのは
できないでしょう(もしかすると
もう誰かが具体的な書き方を見つけてるかも)

そもそも整列可能定理は選択公理と同値なわけで
整列可能な順番を目に見える形で
構成できたとすれば
それは選択公理を「構成」したこと
すなわち「証明」したことになりませんか?

この整列可能定理は選択公理の一種の
異質さというか危うさというかを
際立たせる意味合いもあると解釈すべきだと
思いますがどうでしょうか
(引用終り)
以上