>>493
>矛盾した理論はいかなる命題も証明できてしまうからまったくのナンセンス

そうだね
もし ”人が 純粋な述語論理のみで思考するならば・・”だが

具体的には、下記の 自己言及のパラドックス:嘘つきのパラドックス
これが、古代から エピメニデスのパラドックス(紀元前600年ごろ)として知られていたらしい
そして、集合論における ラッセルのパラドックス に 繋がっている

だが、古代から近世において
人は このような 自己言及のパラドックスを排除できる あるいは 排除すべきことを 知っていたのだろう
実際、古代ギリシャのユークリッド原論は 論理破綻など してない!ww ;p)

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%A8%80%E5%8F%8A%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
自己言及のパラドックス
哲学および論理学における自己言及のパラドックス(じこげんきゅうのパラドックス)または嘘つきのパラドックスとは、「この文は偽である」という構造の文を指し、自己を含めて言及しようとすると発生するパラドックスのことである。この文に古典的な二値の真理値をあてはめようとすると矛盾が生じる(パラドックス参照)。
歴史
嘘つきのパラドックスの一例として、エピメニデスのパラドックス(紀元前600年ごろ)が示された。エピメニデスは伝説的哲学者でクレタ島出身(クレタ人)とされており、「クレタ人はいつも嘘をつく」と言ったとされている。この言葉の出典は、新約聖書中の「テトスへの手紙」(1章12-15節)である[1]。
集合論におけるパラドックス (ラッセルのパラドックス)
→詳細は「ラッセルのパラドックス」を参照
集合論における典型的なパラドックスは次のようなものである。これは特に、バートランド・ラッセルが議論の対象としたことで知られる(ラッセルは述語論理における同様のパラドックスについても議論している)。