もちろんモデルを帰納的な方法で指定する事はできない、しかし現実数学以外の学問における「数学的議論」のなかで数式は具体的な意味を持った量だったり関数だったり作用素だったりするわけで、そこでは不完全ながらも「真偽値」が確定していると考えて議論がされる。もちろん基礎論はそのような事態とも齟齬なく話が合うようにしなければならない。「数学は数学の女王だからそんな事は考えなくていい」わけがない。
別な言い方をすればもちろん自分がそう言う「できもしないモデルの固定なぞ考えないし自分は真とか偽とか使わない」なら好きにすればいいが、そういう要求をしてる要請を「ダメ」とは言えないという事、あるいは言ってもいいがそれを言ってしまうなら真偽という具体的なモデルを伴ってる他の理解の議論とは相いれなくなってしまうという事。
それでもいいならそれでもいいが、だったら一人でやっとけやとなる。今の数学基礎論の建て付けは「モデルをひとつ固定してそこで真偽値が確定しているという立場で話したとしても、そしてその二人の想定してるモデルが違ったとしても、同意してる公理が同じなら同じ結論が得られるやうにする」の立場をとる。大体そんなの高校の教科書でも載ってる話やろ