>>726
>補足をしておく
指摘をしておくね

>いま あるTheorem Aの証明Proof Aがあったとする

しかし、それにはギャップがあった これが第一の指摘

>それに対して 別の人が
>Proof A を ”Simplification”してProof A’を 作ったところ
>Proof A’には、ギャップが出来たという

二か所事実誤認があるので指摘する
一か所目は「Proof A を ”Simplification”してProof A’を 作ったところ」
正しくは「Proof Aのギャップの箇所を ”Simplification”で埋めたProof A’を 作ったところ」
二か所目は「Proof A’には、ギャップが出来たという」
正しくは「Proof A’によって、矛盾が導かれたという」
これが第二の指摘

>さて、
>Proof A を ”Simplification”してProof A’には、ギャップが出来た ことを持って
>Proof A にも ギャップがあると言えるのか どうか?

上の問いは事実誤認に基づくので、正しい事実認識に基づき問い直す
「Proof A のギャップを ”Simplification”で埋めたProof A’から矛盾が導かれる
 Proof A のギャップを 他の方法で埋めて矛盾しないままにできるか?」

これに対する望月新一の反論は以下
「Proof A にギャップはない。貴様が愚か者だから読めてないだけ!
 Proof A から矛盾など導かれない。貴様が愚か者だから読めてないだけ!!」

これがいかに不誠実な態度であるかは、人間としての常識がある人にとっては当たり前だろう

査読者にこんな態度をとったら、一発で落とされるが、なぜか査読を通った これが第一の謎
そして査読者が理解できたなら、当然ギャップがないことを説明できるはずだが、
なぜか、存在する筈の「査読者」が誰も現れず説明もしない これが第二の謎

この謎に対する今可能な説明は以下の通り
「”査読者”は実は存在しないか、あるいは存在したとしても論文の内容を理解せず
なんらかの意図をもって、内容を理解しないまま、論文をアクセプトした」

これが事実なら、不正査読であるといわざるを得ない

査読者がショルツェに対して説明しない時点で、不正査読の可能性が濃厚である