対応物が実在しなくても、論理が正しければ、数学としては存在する。

物理の素粒子のモデルも、数学的にはありえるモデルがいくつかあるが、
実験や観測によりそのうちの大半は否定され、現実の宇宙・世界で成立
しているモデル(数学的構造)はこれだろうなというものが絞られる。
後のモデルはいかに数学的構造が美しかったりしても、それがなぜか選
ばれていないということで物理学としては棄てられる。しかし現実の宇
宙と対応していない数学モデルの上で議論を発展させていくことは自由
にできる。ただそれはほとんどの読者の関心を引かないことだろう。
しかし考えることは自由なのだ。