結局加藤という人の言うメンタルピクチャーとは
セタと呼ばれる人の理解の通りの
数学理論を理解するためのマップに過ぎないんですかね
ああやってこうやってこれとこれ組み合わせてどうのこうのという粗筋みたいなものだとすると
メンタルピクチャーなどと勿体ぶらずに「あらすじ」でいいでしょう
自分はもっと「高尚」な
数学理論を学んでいくと現れる新たな理解の地平みたいな
得た概念を「図」のようなものとして把握することかと
思い込んでたみたい