つづき

 山下さんは,純粋数学者としてのトレーニングを受けたはずながら,不思議に我々理論物理屋の言うことを判ってくださる.私の所属する研究所には,幸い数学者と物理屋の双方が多数所属するので,代数トポロジーが必要になりはじめたころから色々と同僚の数学者に質問をしてはいたものの,まずはこちらの意図を理解してもらうことが困難で,また,数学的問いが何とか伝わったとしても,それを解決したい動機が伝わらなければ真剣に考えては貰えないわけである.というわけで,代数トポロジーを必要とする私の研究は遅々として進んでいなかった.その状況が2021年に山下さんに巡り合ったことで有り難いことに大きく変化したのである.

もうすこし具体的な話を書く.代数トポロジーにおいては,ホモロジー,K理論のつぎに自然に位相的モジュラー形式(topological modular form, TMF) と呼ばれる一般ホモロジー理論があらわれるそうである.TMFには代数トポロジー的な定義はあるのであるが,もっと外在的に,『TMFの分類空間は二次元最小超対称場の理論の分類空間と一致するであろう』というStolz とTeichner による予想と呼ぶべきか提唱と呼ぶべきか微妙なものがある.微妙であるのは,場の理論の定義自体が確定しておらず,それを確定させたうえで,さらにそれらの族にトポロジーをいれて,云々,という考察をする必要があるからである.Stolz と Teichner 自身は,自分たちの提唱を数学的な予想にすべく,場の理論に対して暫定的な定義を与えているのではあるが,その定義が『正しい』ものであるか必ずしも明らかではない.

理論物理側からは,特定のd,X,T に対してこれを調べたくなる動機があり,私の技量ではもっとも簡単なd=2,X =ptでT が一般の場合に示すのが限界だった.そんな中,2021 年早春のオンライン研究会に参加した所,山下さんが関連しそうな話をしているのを見かけたので,数日逡巡した後に電子メールで相談をしてみたところ,興味をもってくださったのでしばらくメールのやりとりをした.すると,一ヶ月ほどの間に,上記コホモロジー作用素αspin の厳密な定義をしてくださった.そうこうしていると,なんと特定の物理的動機のあるd,X,T に対してだけではなく,勝手なd,X,T に対してIZι◦αspin(T)=0であることが証明されてしまったのである.これには私はびっくりしてしまった.そもそも,理論物理屋の癖として,特定の例について計算することに気を取られていたので,全ての場合に消えることが示せるなどとは思ってもいなかった.
(引用終り)
以上