つづき
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1770118812/833
アインシュタインの物理的な ”直観”が間違っていたのだが
”直観”を捨ててはいけない。修正するんだ

ここから、渕野先生の
<厳密だけが、数学ではない>という話につながる
”数学の基礎付けの研究は,数学が厳密でありさえすればよい, という価値観を確立しようとしているものではない.
これは自明のことのようにも思えるが,厳密性を数学と取りちがえるという勘違いは,
たとえば数学教育などで蔓延している可能性もあるので,
ここに明言しておく必要があるように思える
多くの数学の研究者にとっては,数学は,記号列として記述された「死んだ」数学ではなく,
思考のプロセスとしての脳髄の生理現象そのものであろう
したがって,数学はその意味での実存として数学者の生の隣り合わせにあるもの,と意識されることになるだろう
そのような「生きた」「実存としての」(existentialな)数学で問題になるのは,
アイデアの飛翔をうながす(可能性を持つ)数学的直観」とよばれるもので,
これは, ときには,意識的に厳密には間違っている議論すら含んでいたり,
寓話的であったりすることですらあるような,
かなり得体の知れないものである”

私の数学勉強法は、 Terence Tao“big picture”、加藤文元 メンタルピクチャー を重視する
一冊の数学テキストを読むとき 一つの定理や定義を ジグソーパズルの一つの部品と考えて
どういう絵なのか? 人物の顔か 風景か? それを想像しながら 読むってこと
数学ジグソーパズルを解くための“big picture”をつかむ”数学的直観”を鍛える
”数学的直観”は、ヘボはしばしば間違う。それでも良い。”数学的直観”を修正し 鍛え上げていく
それは 将棋や囲碁の勉強法と全く同じだ (^^;
つづく