>>724
(引用開始)
自分は時枝さんの最後に書いてることが気になるね
何が独立であるかの反省だっけ
もしかすると
これまでの数学論文でもこれに類する誤解をしているものが
無いとは言えないかもという気になる
(引用終り)

それ >>626
https://imgur.com/YAdz2Mz
時枝 箱入り無数目(数学セミナー201511月号の記事)の後
https://rio2016.5ch.io/test/read.cgi/math/1736907570/3
「もうちょっと面白いのは,独立性に関する反省だと思う.
確率の中心的対象は,独立な確率変数の無限族
X1,X2,X3,…である.
いったい無限を扱うには,
(1)無限を直接扱う,
(2)有限の極限として間接に扱う,
二つの方針が可能である.
確率変数の無限族は,任意の有限部分族が独立のとき,独立,と定義されるから,(2)の扱いだ.
(独立とは限らない状況におけるコルモゴロフの拡張定理なども有限性を介する.)
しかし,素朴に,無限族を直接扱えないのか?
扱えるとすると私たちの戦略は頓挫してしまう.
n番目の箱にXnのランダムな値を入れられて,ある箱の中身を当てようとしたって,
その箱のX と他のX1,X2,X3,・・・がまるまる無限族として独立なら,
当てられっこないではないか−−他の箱から情報は一切もらえないのだから.
勝つ戦略なんかある筈ない,と感じた私たちの直観は,無意識に(1)に根ざしていた,といえる.
ふしぎな戦略は,確率変数の無限族の独立性の微妙さをものがたる, といってもよい.」
だね

ところで
”無限族は,任意の有限部分族が独立のとき,独立”について
コンパクト性定理(英: Compactness theorem) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E3%83%88%E6%80%A7%E5%AE%9A%E7%90%86
というのがある
『一階述語論理の文の集合がモデルを持つこと(充足可能であること)と、その集合の任意の有限部分集合がモデルを持つことが同値であるという定理である。つまりある理論の充足可能性を示すにはその有限部分についてのみ調べれば良いという非常に有用性の高い定理であり、モデル理論における最も基本的かつ重要な成果のひとつである』
歴史
1930年にゲーデルが可算集合の場合について証明した。非可算の場合については、Anatoly Maltsevが1936年に証明を与えた

ここでご注目は
”その集合の任意の有限部分集合がモデルを持つことが同値である”
”ある理論の充足可能性を示すにはその有限部分についてのみ調べれば良いという非常に有用性の高い定理”


よって、”無限族は,任意の有限部分族が独立のとき,独立”の記述は
コンパクト性定理に裏付けられたもので ゆるがない
”(2)有限の極限として間接に扱う”の言いがかりは、時枝先生の無知