>>735
>カントールの場合は、そもそも
>・公理の一覧がなく、
>・推論規則も形式化されておらず、
>・「どのような集合形成を認めるか」も厳密には定義されていませんでした。
>したがって、「カントールの理論からラッセルのパラドックスが導かれる」と言うためには、
>まず「カントールの理論とは何か」を形式的に定める必要があります。
>その定め方によって結果が変わる可能性があります。

ご苦労さま
「ミネルヴァの梟(フクロウ)は迫り来る黄昏と共に漸く飛び始める」(ヘーゲル)(下記)
この伝でいえば、コウリ職人は「迫り来る黄昏と共に漸くコウリ作りを始める」だろう

ユークリッド幾何公理しかり
直角三角形(3,4,5)は はるか古代エジプト時代にすでに 知られていた
が、幾何公理が整備されて ユークリッド幾何はさらなる発展を遂げた

これを、集合論のZF公理に見るに 集合論の公理職人が働き出す以前に
カントールはきちんとした仕事をしたのだ
だが、ZF公理公理化を経て 無限集合論がさらなる発展を遂げたことは
まさに ユークリッド幾何の公理が整備されて
理論が発展した歴史に倣っている

そういうことですね (^^

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A6
(抜粋)
ミネルヴァのフクロウは、ローマ神話の女神ミネルウァ(ミネルヴァ、ミネルバ)が従えているフクロウであり、知恵の象徴とされる
ヘーゲルが『法の哲学』(1821年)の序文「ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏と共に漸く飛び始める」[2]
と述べたことはよく知られている
「即ちヘーゲルに依れば、哲学はいつでも遅れて来るもので、現実がその形成過程を完成した後に現われ、これを追思惟 nachdenkenするものである。かように現実が終った後に哲学が始まるとするのは、哲学を観想的な性質のものとすることであり、哲学に予言者的な性質を要求する立場とは固より、哲学の実践的な性格を力説する立場と対立している。」(三木清「ミネルヴァの梟」[4])