>>823
この点は、IUTをめぐる議論の核心に近いところです。
ただし、「誰も理解していないまま査読された」と単純化すると少し不正確です。
より正確には、

「IUTの大部分を理解している研究者はいるが、
ABC予想につながる最重要部分について、
批判者と擁護者の間で理解・解釈が一致していない」

という状況です。

Scholze–Stixの指摘と、LANA(Leanでの形式化を目指すプロジェクト)で議論された問題点が関連すると言われる理由は、
主に「論文の核心部分の一つ」に関わるからです。

非常に粗く単純化すると、争点は次のような形です。

IUTでは、異なる数学的世界(ホッジシアター、Θリンクなど)を比較する。
その比較によって、通常なら失われるはずの情報を「移送」できると考える。
その情報の移送が、ABC予想につながる数値的な評価を得る鍵になる。

ScholzeとStixは、ここで使われるある推論について、

「その操作によって、本当に必要な情報を保持したまま比較できているのか?」

という疑問を提示しました。

彼らの主張は、「IUTの全部が間違い」というものではなく、むしろ、

「ABC予想を導くために必要な核心的なステップが正当化されていないのではないか」

というものです。

一方、望月氏側は、

「その批判は、IUTで区別している構造を通常の数学的同一視と同じように扱っているために生じている」

という趣旨で反論しています。

つまり、議論が噛み合わない理由は、

批判側:「その推論では情報を勝手に同一視して失っているように見える」
IUT側:「いや、IUTではその同一視はしておらず、別の構造を保持している」

という、前提となる概念理解の違いです。