>>464
>背理法は古典論理においては完全に正しく、非古典論理においてはそうとは言えない。
>ただそれだけのこと。

非古典論理が出てきた背景は、いくつかあるが
その一つは、無限集合論にあって
例えば、有限を否定したら 無限だが
しかし、無限を否定したら 有限か? という疑問がわく
それが、ラッセルパラドックス https://en.wikipedia.org/wiki/Russell%27s_paradox

もう一つが量子論理 https://en.wikipedia.org/wiki/Quantum_logic
シュレーディンガー猫に代表されるように 非古典論理になる https://en.wikipedia.org/wiki/Schr%C3%B6dinger%27s_cat

けれども、日常の論理は 普通に 古典論理だ
それを無視した 「背理法被害者の会」は トンチンカン

例えば、推理小説で ある屋敷のパーティーで殺人事件があった
その事件の犯人として 5人の名前が上がったとする
そうすると、5人について、殺人事件に直接関与可能か否かが問題になる
その結果、3人は 直接関与が否定され 二人に絞られる
そして、二人に絞って さらに調べることになる

この思考過程は、5人をa,b,c,d,e として
それぞれ、「もし aが犯人だったとしたら?」という 考えを推進することで否定にたどり着けば
「aは 直接の犯人ではない」となる
これは、日常の論理 即ち古典論理である。よって、背理法は有効だ

「背理法被害者の会」は
「aは 直接の犯人ではない」という結論になったとき、途中の推論がおかしいと主張するが
そんなことない

仮に、dのみが直接の犯人で それ以外がシロであったとして
dのみの推論を特別扱いして それだけが正しくて、d以外の推論やめれ ってか?
その主張って 完全に狂っていると思うよ