>>467 補足

英文 wikipedia Reductio ad absurdum(背理法)
で、面白い例があがっている
『地球は平らではない。もし平らであれば、地球は有限な大きさであると仮定されているので、人々が端から落ちてしまうことになるだろう』
”地球は平らではない”は、偽だが 理由”人々が端から落ちてしまう”で、”地球は平らではない”が否定される
これが、偽であることは、いまどき小学生でも知っている話だろうが
古代の人は、こう考えていたらしい

それで、『地球は平らではない。もし平らであれば、地球は有限な大きさであると仮定されているので、人々が端から落ちてしまうことになるだろう』
を、背理法の失敗として挙げることは、正しくない
背理法の失敗ではない。古代の人の天文知識が乏しかっただけと 考えるべし

なぜか? こうではないか? と考える。その態度が貴重だと思う。その考えること自体を否定するのは いかがか
( 人間は考える葦(あし)である パスカル 2021年06月28日能力開発センター https://www.nohkai.ne.jp/tyorei/?p=2951 )

(参考)
https://en.wikipedia.org/wiki/Reductio_ad_absurdum
Reductio ad absurdum
(google訳)
背理法
例
背理法による議論の「不条理な」結論は、さまざまな形をとることができ、矛盾による反駁の例を以下に示します。
・地球は平らではない。もし平らであれば、地球は有限な大きさであると仮定されているので、人々が端から落ちてしまうことになるだろう。
・最小の正の有理数は存在しない。もしqが最小の正の有理数であった場合、
q/2は、より小さい正の有理数になります。
略
最初の例は、前提を否定すると、感覚の証拠(経験的証拠)に反して、ばかげた結論に至ると主張している。[ 9 ]
2番目の例は、数学的な背理法(間接証明とも呼ばれる[ 10 ])であり、前提を否定すると論理的矛盾が生じると主張している
略

重要な特殊なケースとして、背理法による存在証明がある。
ある性質を持つ対象が存在することを証明するために、
すべての対象がその性質の否定を満たすという仮定から矛盾を導き出すのである。