かつてテーテルは光を伝播する「物質」と考えられていたが、その特性はあまりに奇妙で存在可能とは思えないものであった。
また、エーテルは真空と同じ座標に固定されていて、あらゆる運動はエーテルに対する絶対速度を持つと考えられた。
そこでエーテルに対する運動を検出しようと試みられたが、すべての実験で、エーテルに対する相対速度の検出は失敗に終わった。

ローレンツは、エーテルが、存在することを前提として、これを説明するために、エーテルに対して相対速度を持つ物体は 長さが縮み、その結果光速が変化しないように観測されるとした。
しかしこれにより、何物もエーテルに対する速度を検出することはできないとこが示された。
つまりこの時点で、ローレンツの思惑とは裏腹に、エーテルに対する絶対速度という概念そのものが意味をなくし、結果エーテルの存在は否定されたわけだ。

エーテル爺は、単純なガリレイ変換だけの物理は否定されたが、古いエーテルの概念はローレンツ変換で生き延びたと考えているようだ。
しかし、ローレンツ変換を導入したエーテルはすでに古いエーテルの概念を否定するものであり、エーテル爺のいうエーテルとは全く別のものであった。
アインシュタイン自身、重力や光を伝える真空の働きそのものを新しいエーテルと呼ぼうと提案している。
これが相対性理論におけるエーテルの概念であり、エーテル爺が「エーテル説は否定されない」と言っている立場のエーテルそのものであることはあきらかである。

結局、エーテル爺はエーテル説を推しているように見えて、古いエーテルを否定し、相対性理論こそ正しい理論であると主張しているわけだ。
問題は本人がそれに気づいていないことだな。