>>553 補足
>>わたしが示した複素数(1のべき根)による形式は、ちょっと見たところでは見当たらない。
>もし、”複素数(1のべき根)による形式”が汎用性があって、他の級数にも使えると面白いと思うけどね

・「ガウスのように始めよ」(下記ヴェイユ)(1950年代の日本人に)
 一つの意味は、自分の独創性(オリジナリティー) 自分のアイデアを 大事にしろってことだろう
・ガウスの逸話:「近世数学史談」(高木)「9.書かれなかった楕円函数論」で
 ガウスが、1799年5月の日記で、算術幾何平均 M(1,√2)=π/2ω (ωはレムニスケート関数の周期)と記し
 遂に1800年5月に至って一般楕円函数を発見し、6月には modular fanctionを発見したという
・”複素数(1のべき根)による形式”が汎用性があるのか無いのか? それは私には分からない
 しかし、自分の独創性(オリジナリティー)自分のアイデアを 大事にしろってことだが
 2023年の日本人には、ヴェイユの言葉は言わずもがなだろう

(参考)
http://FC2/blog-entry-2477.html
日々のつれづれ オイラー研究所の所長
新数学人集団(SSS)の時代 ノート31 ガウスのように 2017-01-28
ヴェイユ
日本で本当に独創的な研究を始める人は少なかった。岩澤(健吉)はその少ないひとりだが、一方小平(邦彦)は非常によくできるにもかかわらず、私やレフシェッツ、ホッジなどの仕事を完成するようなことしか手を出さなかった。ごく最近、やっと彼自身の考えに基づく研究が出始めた。もっともっこれは岩澤が小平よりすぐれた数学者だという意味ではない。私の言いたいのは、小平のようにすばらしい数学者が、自分のアイデアを見出だすのにこんなにも遅れたことで、これはまさに驚くべきことだ
 戦後、日本の若い人の間に、自分のアイデアを持って始めようとする者が増えてきた。特に君たちはみな高みをねらっているが、日本でこのような傾向ができたのはごく最近のことで、非常によいことだ
 とにかくも自分のアイデアを持って始めるように。ガウスはそうだった。君たちもガウスのように始めろ。そうすればまもなく君たちは自分がガウスではないことを発見するだろうが、それでもよい。とにかくガウスのようにやれ
 「ガウスのように始めよ」と、おそるべき言葉をヴェイユは3人のSSSに語り掛けました