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松岡正剛の千夜千冊 岡潔 春宵十話 毎日新聞 1963

この『春宵十話』が毎日新聞に連載されていた10日間、高校から大学に入る途中の時期にあたっていたぼくは、九段高校がある飯田橋から中央線・京浜東北線を乗り継いで桜木町に着くと、しばらく横浜をほっつきまわるということをしていた

あるとき、古めかしい開港記念会館の講堂で小林秀雄の講演が開かれて

小林秀雄は驚くべき人物だった。舞台袖から演壇にゆっくり歩いてきてそこに立つや、いま茶碗で冷や酒をぐっと一杯ひっかけてきたんだが、こういうときに冷や酒で喉を潤しながらぼくが喉ごしに考えていることなど、みなさんにはどういうものかおわかりにならないでしょう。いや、茶碗ひとつに人生の主観が動くということがあるということもなかなかわからないでしょう、そんなことを言って、話を始めるのである
ぼくは呆気にとられて、この男についてはいつか十全に立ち向かわなければ敵わないと覚悟したものだったのだが、その講演の半ば、みなさんは岡潔という数学者を知っているか、あの人は日本のことがよくわかっている人だ。それは、日本人が何を学習するのがいいかということをよく知っているからだと言った。
これはぼくを狂喜させた。毎日新聞の岡潔の連載に言い知れない満足を感じていた

岡潔の専門は多変数解析函数論である。京都帝大を出てパリ大学のポアンカレ研究所に通っていたころに、この研究に生涯にわたってかかわろうと決めた。
いろいろ研究するうちに、どうも数学は愛嬌がない、急につまらなくなるところがある。理屈を動かしているときに何かが欠けていくという感じがしてきた。それなのに数学にかかわっていること自体はおもしろい。これはどこか自分の考え方のほうを変えなければならないと思い始めた。奈良女子大教授時代のことである
こうして「情緒」という問題が浮上した。岡はしだいに自分の数学は「情緒を数学にする」ということだと考えるようになる。いったい情緒とは何か。情緒の中心からどんな数学が出てくるのか。そんなことばかり考えるようになった

この噂を聞きつけた当時毎日新聞奈良支局にいた松村洋が、何度かにわたって岡にエッセイのようなものを書かないかとくどいたのである
ところが岡は、自分は世間とは没交渉しているので、またそれで研究時間がおかしくなるのも困るからと、何度も固辞した。そこを粘っているうちに、そこまでおっしゃるなら口述ならかまいませんということになって、陽の目をみたのが「春宵十話」の新聞連載だった

題名は岡がつけたようだが、文章は松村がまとめた。そのせいか、たいそう生き生きしている(寺田寅彦などを例外として、日本の科学者は文章に風味がない)。
本書はそれからしばらくたって、岡が他のところにも口述したり書いてみたりしたものを松村が一冊にまとめたもので、まさに春の宵の語り口になっている。
その後、岡の随筆はいろいろ出回ることになり、そのつど『紫の火花』(朝日新聞社)、『風蘭』『春の雲』『月影』(講談社)といった風情のある心ニクイ標題がついてはぼくを歓ばせてきたのだが、その印象は最初の『春宵十話』とすんぶん変わらない。最近はこれらを再構成して『情緒と創造』(講談社)という一冊も出ていて、これなら入手しやすいだろうが、やはり『春宵十話』が最初の春の宵の匂いなのである