>>45-48
>無限回操作が完了しないことは古代ギリシャ人も知っていた。
>ID:DriS5nrdとID:uzwAyADxは古代ギリシャ人より無知な現代人w

ID:uzwAyADxは
多分プロ数学者の 御大だよ

「無限回操作が完了しないことは古代ギリシャ人も知っていた」かw
下記の 心の哲学まとめWiki 「無限論」を、百回音読しな
なお 「ケーキをたべ尽くすことはできない」は、哀れな素人 こと安達 弘志氏 のことばだった
(参考)
https://w.atwiki.jp/p_mind/pages/149.html エレア・メビウス 2013年1月
https://w.atwiki.jp/p_mind/pages/148.html
心の哲学まとめWiki
無限論 最終更新:2015年09月28日
1 はじめの一歩
2 無限論と実在論
3 ゼノンのパラドックスの終着点
4 カントによる無限批判
5 形而上学無限の不可能性
6 物理学による形而上学的無限の回避可能性
7 数学的無限と形而上学的無限の不調和
8 結論――実在論の最期
9 無限の派生問題

3 ゼノンのパラドックスの終着点
数学者のヘルマン・ワイルは数学的直観主義の立場から、無限のステップを完了するとみなすことは「無限」の概念と相容れないと考えた。ワイルはゼノンのパラドックスに言及し、次のように逆説的に述べている。
〔……〕もし実際に 1 なる長さの線分が、'切り離された全体'としての、長さ 1/2、1/4、1/8、……なる無限に多くの部分線分から成るならば、アキレスがそれら全部を通り越してしまったということは'完結しえないもの'としての無限の性格と相容れない。もし人がこの可能性を認めるならば、一つの機械が相異なる決定行為の無限列を有限時間内に、たとえば 1/2秒後に第一の結果を、1/4秒後に第二の結果を、第三の結果を第二より 1/8秒後に、等々と、あげることにより、完成する能力がないという理由は存しない。このような仕方で、もし脳の感受能力が同様に働くならば、すべての自然数の通過およびこれにより自然数についてのいかなる存在問題にかんしても確実な然り‐否の決定をなしとげることが可能となるであろう!*8
(*8 ヘルマン・ワイル著 菅原正夫 他訳『数学と自然科学の哲学』pp.45-46 )
なおワイルは後年立場を変え、ヒルベルトの形式主義に接近したという。
確認しておくべき重要な点は、数学における無限級数の収束という概念は実際に無限のステップを完了したという「事実」を表しているのではなく、無限のステップを完了したものとするという「定義」を表している、ということである

つづく