おまけ
素人はこれでも読んどけ(笑)

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構造化プログラミングの誕生は、1960年代から浮上したソフトウェア危機問題と密接に結びついている。
ソフトウェア危機とはコンピュータ性能の進化に伴うソフトウェア要求度の高まりが、プログラムサイズの際限無い肥大化と複雑化を招き、
近いうちに現実的な期間内でのプログラム開発が不可能になるだろうとする悲観的予測である。
実際に1960年代のソフトウェア開発現場では仕様不一致、納期遅れ、予算超過といった事態が頻発していた。
当時のプログラムはgoto文を多用するタコ足フローチャートによるものが大半だったので、
すぐにスパゲティコード化することが多く、複雑怪奇なジャングルフロー図と化しているものも珍しくなかった。
1959年に計算機科学者ハインツ・ツェマネクは、goto文の多用に警鐘を鳴らす論文を発表している。
1960年に公開されたプログラミング言語「ALGOL60」は、BEGINとENDで区切られたコードブロックを制御する
IF選択文とFOR反復文を初めて提供していた。
計算機科学者ニクラウス・ヴィルトはこれらを構造化文(structured statement)と呼んだ。
1966年に計算機科学者コラド・ベームとジュゼッペ・ヤコピーニは、
あらゆるフローチャートは順次・選択・反復の組み合わせで表現できることの数学的証明をし、
これはベームとヤコピーニの証明と呼ばれた。
計算機科学者ドナルド・クヌースは、これらの潮流を構造化文の第一幕と定義した。
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Böhm, C.; Jacopini, G (1966).
“Flow Diagrams, Turing Machines And Languages With Only Two Formation Rules”.
Communications of the ACM (ACM, New York, NY, USA) 9 (5): 366-371. CiteSeerx: 10.1.1.119.9119