>>870の続き
1968年、計算機科学者エドガー・ダイクストラのACM機関紙への投書「Go To Statement Considered Harmful -goto文は有害-」は、
その物議を醸す題名でコンピュータプログラミング界隈にいわゆるgoto文論争を巻き起こした。
これは構造化文の認知度を高めることに貢献している。
これを構造化文の第二幕と定義したクヌースは「第二幕はそのムーブメントの大きさによって、多くの人にとっての第一幕になった」と評した。
1968年度開催のNATOソフトウェア工学会議でソフトウェア危機は正式な用語になり、産業界と計算機科学共通の懸案事項になった。
翌69年度開催の同会議においてダイクストラは「Structured Programming -構造化プログラミング-」と題した論文を寄稿した。
これが「構造化プログラミング」の正式な初出である。
その論旨はソフトウェア危機解決策としてのソフトウェア正当性検証技術の確立であり、
プログラムを適切に分割し抽象化して良く構造化(well-structured)しておけば、
プログラムサイズ拡大に関係なくその正当性を証明できるとしていた。
その具体的手法としてはトップダウン設計、段階的な抽象化、階層的なモジュール化、
抽象データ構造と抽象ステートメントを連携させる共同詳細化などが挙げられていた。
goto文抑制など構造化文に関する事柄は数行に留まっていたが、
goto文論争に熱心なプログラマの間ではこの論文を昨年の投書の延長と見る向きも少なからず存在していた。
後年のダイクストラは構造化プログラミングという言葉を作った際に二つの失敗をしたと述べている。
商標登録しなかった事と、厳密な定義化を避けた事である。