>>844
>東大(の数学科?)では一風変わった人でも、何か極めている一家言のある人は認められるという文化があるそうです。

東大に限らないだろう・・
「数学界では・・」でしょうね

秀行先生は 一風変わった人だったが 囲碁を極めていたので
世間からは 一目置かれていた(ダジャレですw)

いまご存命の変人筆頭は 加藤和也先生だろうね
下記 2006年の国際数学者会議 「鶴の恩返し」
たしか 1995年のワイルズさんのフェルマーの最終定理解決前年だったかの数学セミナー誌に
「鶴の恩返し」の精神でやれば 解決すると思う
そういうメールを ワイルズさんに発信した みたく書いていた (^^

本当にメールしたなら
相当変人だと思いましたね (^^;

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%92%8C%E4%B9%9F_(%E6%95%B0%E5%AD%A6%E8%80%85)
加藤 和也(かとう かずや、1952年〈昭和27年〉1月17日 - )は、日本の数学者。シカゴ大学Samuel K. Allison冠特別教授。東京大学名誉教授。学位は理学博士(東京大学・1980年)。専門は数論幾何学、整数論。
業績
BSD予想への貢献、スペンサー・ブロックと共にHodge-Tate予想への貢献、L関数における玉河数に関するBloch-加藤予想の提起
「素数の歌」の作者[1]。
略歴
1970年(昭和45年)- 愛光高等学校卒業
1975年(昭和50年)- 東京大学理学部数学科卒業
エピソード
現在では整数論における世界的リーダーだが、学生時代は進振りの成績が良くなく、進みたかった天文学科に進めずに航空学科に進んだ[8]。航空学科では留年した。ところが数学科に転科して代数のテストを受けたところダントツだった[9]。

「ゼータ惑星」出身説[10]。
「類体論人間」や「コホモロジーの加藤」などの異名を持つ[11]。
素数の声が聞こえる[12]。
数列の収束したい気持ちを理解している[13]。
「素数踊り」を考えた[14]。

学部4年時の指導教官は河田敬義であり、修士課程・博士課程時の指導教官は伊原康隆である[16]。
自身は斎藤毅、兵頭治、斎藤秀司、栗原将人、辻雄らの師である[17]。

2006年の国際数学者会議の基調講演において、ゼータ世界とゼータの化身を説明する際、日本の昔話「鶴の恩返し」について4枚の彩色された挿絵付きで解説した[18]。
Hodge-Tate予想に関する結果をIHESでの講演で初めて発表した際、ピエール・ルネ・ドリーニュが驚きのあまり床に転げた[19]。

論説
「フェルマーからワイルスへ 1」『数学セミナー』1994年3月号、日本評論社、1994年。
中略
「フェルマーからワイルスへ 7」『数学セミナー』1994年9月号、日本評論社、1994年。